大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(て)558号 決定

主文

本件忌避の申立を却下する。

理由

本件忌避申立の趣意は、申立人作成名義の忌避申立書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

所論は、申立人に対する住居侵入被告事件の控訴審の審理を担当している東京高等裁判所第八刑事部裁判長裁判官西村法には、不公平な裁判をする虞がある旨主張し、その理由として、(一)、右控訴審の被告人質問に際して、申立人は「いたずらしようと思つて入つた。」とは供述していないにもかかわらず、右裁判官は、申立人に対して、「さきほどいたずらをしようと思つて入つたというが、どういういたずらをしようと思つて入つたのかね。」と質問をした、(二)、申立人は検察官面前で「玄関の方の格子の扉から入つた。」とは供述していないにもかかわらず、右裁判官は、「君は検察官に、玄関の格子の扉から入つたといつているではないか。」と質問をした、(三)、申立人は、控訴審の公判期日に、控訴趣意書に添附する疎明資料として安全ピン二本を持参し、公判廷でこれを提出しようとしたところ、右裁判官は、「それは、ちよつと待つて下さい。」といい、右裁判官が次回公判期日(判決宣告期日)の告知をした直後、申立人が「これ、どうしますか。」というと、右裁判官は、「それは弁護士さんにやつて下さい。」といい、申立人が安全ピンを弁護人に差し出すと、弁護人は、「それは別にいいです。」と答えたので、申立人はこれを持ち帰つたというのである。

よつて、記録を調査して検討すると、

(一)の点については、控訴審の被告人質問に際し、右裁判官が「興味半分で入つたわけでしよう。どういう興味があつたのですか。」と発問したところ、申立人は、「何の気なしに、悪戯と言つてはおかしいですが、そういう気持で入つたのではないかと思います。」と供述し、その後陪席裁判官が「悪戯するとは、どういうことを意味しているのですか。」と問うと、申立人は、「悪戯なんて思つてないですけどね。ただ興味半分で入つたんですね。」と答えたので、西村裁判官が「先程は悪戯ということをいいましたよ。」と問い質したことが認められる。してみれば、右裁判官が、申立人が供述もしていないことを前提として、被告人質問をしたものではない。

(二)の点については、申立人は検察官の面前で「ブロツク塀で囲まれ、門に鉄格子の扉がついている知らない家の門から庭に入り……、現行犯人として逮捕されました。」「門の扉が五〇センチメートル位開いていたので、興味があつて、五、六メートル位奥の玄関の近くまで入りました。」と供述しているところ、右裁判官は、控訴審の被告人質問の際、「被告人は、検察庁で調を受けた時に『門に鉄格子の扉がついている知らない家の門から庭に入つた』と言つていますね。」と発問したことが認められ、右裁判官が申立人の供述していない事項を前提として、被告人質問をしたものではない。

(三)の点は、その趣旨が明確ではないが、申立人が安全ピンを証拠物として取調を求めようとしたところ、右裁判官が所論の言動により立証活動を妨害したと主張するものと解し、所論を前提としても、右裁判官は、申立人に対し、安全ピンを証拠物として取調を求めるか否かを、在席する弁護人とよく打ち合わせの上決定するよう示唆したに止まるものと認められ、右裁判官が申立人の立証活動を妨害したものではない。

以上、いずれの点からみても、右裁判官が、予断偏見をもつて本案事件審理に臨んだものとは認められず、そのほか全記録を検討しても、右裁判官が申立人につき不公平な裁判をする虞があるものとは、到底考えられない。論旨は理由がない。

よつて、本件忌避申立は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

申立人加藤清明の忌避申立書記載の趣意

住居侵入被告事件につき昭和五十四年四月十九日市川簡易裁判所に於て言渡された懲役十月の判決に対し同年四月二十四日東京高等裁判所に控訴を申し立てた者でありますが、同年九月六日同高等裁判所に於いての公判の際の三人の裁判官のうち真ん中の裁判官を忌避致します。この裁判官は、主に私に質問をしましたが質問中で私に「さきほどいたずらしようと思つて入つたと云うが、どう云ういたずらをしようと思つたのかね」と云いましたので、私は「その様な事は云つた事はありません、いついいましたか」と聞いたら、同じ裁判官が「さつき云つたではないか」と云つたので私は「そんな事は云わないですよ、いたずらするつて、わいせつな事でもするのですか又パンツでも盗つて来るのですか、そんな事は云いませんよ」と云いましたら、あとはこの事は云わずに、他に二、三質問し又、他の裁判官も二、三質問しましたが私は何の質問を受けたか、ちよつと今は忘れました。そしてすぐにこの真ん中の裁判官が「では次回判決は九月二十七日午後三時にします」と云いました。そして私はこの時控訴趣意書に添附する疎明資料の安全ピン十二本を持つて行つておりましたので「これどうしますか」と云いましたらこの裁判官は「それは弁護士さんにやつて下さい」と云いましたので私は弁護士さんに出しましたら「それは別にいいです」と云いましたので、私は持つて帰りました。又このピンは公判が始まつてまもなく私が提出しようとしましたが「それはちよつと待つて下さい」とこの真ん中の裁判官に云われていたのです。そして私はこの裁判の時には思い出せませんでしたが後で良く思い出して見ましたら、私は裁判官の質問に対して「あの家の庭の中に入る時にふと前に何回も住居侵入等で刑務所に入つているので、パクラレルかなー、だいじようぶだろうと云うふうにふといたずら半分で入つたのかも判りません。」と云つたのだと思います。又このいたずら半分と云うのは面白半分とか興味半分と云う意味で私は云つたのです。又、いたずらしようと思つて入つたのではなく又、「いたずらしようと思つて入りました。」とは絶対に申しておりません。又これ等の質問等の更に少し前に二、三別の質問がありましたが、その前にこの同じ真ん中の裁判官は私に「君は検察官に玄関の方の格子の扉から入つたと云つているではないか」と云いましたが私は「そんな事は云いません。」と云つたら、「いや云つている」と云いました。私は「じやーそれは検察官の間違いでしよう。」と云いましたら、少し調べていて、「あ、これは違う」と云いました、この様な事がありましたので、この裁判官は私に不公平な裁判をする虞がありますので、私はこの裁判官を忌避申立致します。

申立人加藤清明の忌避申立の疎明書(昭和五四年九月一一日受理)記載の理由

住居侵入被告事件につき昭和五十四年四月十九日市川簡易裁判所に於て言渡された懲役十月の判決に対して同年四月二十四日東京高等裁判所に控訴の申立をし同年九月八日同裁判所の裁判官で私の公判の時に三人居た裁判官のうち真ん中の裁判官に対しての忌避の申立に対する疎明を致します。

この忌避の原因は事件について請求及び陳述の際に忌避の原因がある事を私は知りませんでしたし、又、主に請求及び陳述の後に生じた事でもあります。さて、三人の裁判官のうちの真ん中の裁判官が質問で私に「さきほど、いたずらしようと思つて入つたと云つたが、どう云ういたずらをしようと思つたのかね」と私が申し述べなかつた事を云い、そして、私が「その様な事は云いませんよ、」と云い「いつ云いましたか、」と云つたら「さつき云つたではないか、」と云つたので私は「いたずらする」と云う事は、何かワイセツな事とか、又、ちかんの様な事とか、又、女のパンツを盗つて来る事かと思いましたし又、私はいたずらする為に入つたと云う意味の事は述べた事がなかつたのでその時に、「いたずらするつてワイセツな事ですか、又、パンツでも盗つて来るのですか、」と云つたのです、そしたらあとは、ほんとうに私が云つたか、云わないか、その場ではつきり確認もせず、この裁判官は、あとは、その調べをしないまま、二、三別の質問をしたのちすぐ次回は判決と決めてしまいました。そして私はこの時の事を後で良く思い出して見ましたら、たしか私は「あの家の庭の中に入る時にふと前に何回も住居侵入等で刑務所に入つているので、パクラレルかなあー、だいじようぶだろう、と云うふうに、ふといたずら半分で入つたのかもしれません」と私が述べた事を思い出しましたので、これをこの真ん中の裁判官は聞き違いをして「いたずらしようと思つて入つた」と私が云つたと考えている事と思います。私は、二、三別の質問を受けた後に突然このような、私が云つた意味の内容と違う意味の事を云われたので、ふいに私は忘れてしまいその時に私はいくら思い出そうとしても思い出せなかつたのです。又、この様な質問をするのであれば別な質問等をする前にすぐに私が述べた時に質問するのが普通であり、私が忘れた様な頃に質問されたので私はどうしても思い出せなかつたのです。そして、こんどは、これ等の質問等の更に少し前の質問で、この同じ真ん中の裁判官が、私に、「君は検察官に対して玄関の方の格子の扉から入つたと云つているではないか」と云い、私は「そんな事は云いません」と云つたら、「いや云つた」と云い「ぢやー検察官の間違いでしよう」と云つたら、これは良く調べて「あゝこれは違う」と云つて訂正しておりますが、この質問の方が早かつたので、そして裁判官はこの時に間違つていたのでもう嫌気がしたのか、あるいは、又わざと云いがかりをこじつけようとして、後の方の質問で聞き違えたふりをして、私が実際述べた事の意味と違う意味の「いたずらしようと思つて入つたと云つた」と云うふうに勝手に決めつけて、さらに私が思い出せないで「そんな事は云いません。」と云つているので、これさいわいとその後、二、三別の質問をしてすぐ次回は判決と決めてしまつた事とも思われます。又、私は控訴趣意書には、証人尋問等の取調べを請求しましたがこれ等もしてくれないまま、判決をするのは不公平な裁判をする虞が十分あります。又、私は始めの方の質問の「君は検察官に玄関の方の格子の扉から入つたと云つているではないか」と云う質問を受けた時私は、おかしな事を聞くなあー良く調べれば判るではないかと思いました、そしたら良く調べて「あーこれは違う」と云つたので私はあゝやはり私は間違つていなかつたと思いました。そしてそのあと別の質問を何度かしたあとこんどは、「さきほどいたずらしようと思つて入つたと云うが、何のいたずらをしようと思つたのかね」と聞かれた時は、私はそんな意味の事を云つた覚えは全くないので、この裁判官はおかしな事ばかり云う裁判官だなあーと思いました。この時に私はすぐに忌避をすればよいのでしようが、こう云う事は忌避の原因になる事なのかどうか私は分かりませんし、又忌避しよう等とは全く考えても見ませんでした、私はただ、どのようにして「いたずらしようと思つて入つた」と云う様な事をいつ云つたのか、思い出そうとして、そればかりを気にしていました。そして次から次えとその後に質問をされましたがどう云う質問だったのか、又私は何を答えたのか、良く覚えておりません、そしてすぐに次回の判決日を云い渡たされました、そして私はその時疎明資料の安全ピン十二本を示し「これどうしますか」と云つたのです。そしたら「それは弁護士さんに出して下さい」とこの裁判官は云い私は弁護士さんに出したら「それは別にいいです」と云いました。又、このピンは裁判が始まつてまもなく私が提出しようとしましたがこの真ん中の裁判官が「それはちよつと待つて下さい」と云つて私は提出するのを待つていたものです。以上の様な次第でありましたので、この裁判官は、不公平な裁判をする虞が十分ありますので私は忌避の申立をした訳であります。以上の通り忌避申立の疎明を致します。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例